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60年前にシアトルに渡った、“最高難度”のはにわの輸送。
東京国立博物館 ✕ ANAが一丸となった、 “挂甲の武人”輸送プロジェクトの舞台裏。

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60年前にシアトルに渡った、“最高難度”のはにわの輸送。
東京国立博物館 ✕ ANAが一丸となった、 “挂甲の武人”輸送プロジェクトの舞台裏。


ANA Cargoでは生鮮食品や医薬品といった温度管理を必要とする貨物から、デリケートな動物や美術品などさまざまな特殊貨物を高い品質で迅速に輸送し、顧客のニーズに応えてきた。

その中でも、とりわけ貴重な美術品輸送を行うこともある。2024年10月には、東京国立博物館で開催される特別展「はにわ」に合わせ、アメリカ・シアトル美術館に所蔵されている「埴輪 挂甲(けいこう)の武人」をシアトルから東京まで送り届ける輸送プロジェクトを成し遂げた。

約60年前にシアトル美術館館長が熱望し海を渡ったはにわを、日本で半世紀ぶりに開催される特別展「はにわ」で引き合わせる。東京国立博物館が所蔵している国宝「埴輪 挂甲の武人」とそれによく似たはにわ3体と、そしてシアトルのはにわを合わせて、5体の挂甲の武人が史上初めて一堂に会することになる。これは歴史的邂逅の物語だ。

東京国立博物館 平成館

シアトルから東京までは約7,700km。長距離の輸送を経て無事に東京国立博物館に到着したはにわと対面した学芸研究部部長 河野一隆(かわの・かずたか)さんは「ほっとした気持ちと無傷で輸送することができた達成感で、胸に込み上げてくるものがありました」としみじみと語った。

輸送が成功した背景には、ANA Cargoと東京国立博物館、両者の並々ならぬ情熱があった。非常に高いハンドリング技術が要求される中、困難をどのように乗り越えていったのか。その道のりを紐解いていく。

美術品や楽器といった、通常の輸送では取り扱いが難しいデリケートな貨物を安全・丁寧に輸送するサービス。オーケストラの楽器やアーティストの機材、国内外の美術展の輸送など多岐に渡る実績がある。
美術品や楽器など、特別配慮を要する貨物のためのサービス
「PRIO ART」

日米の思いがこもった至高のはにわブラザーズ。過酷な長距離輸送の舞台裏

東京国立博物館が所蔵する「埴輪 挂甲の武人」の国宝指定 50 周年を記念して開催された特別展「はにわ」

はにわの歴史は今から1750年ほど前の古墳時代に遡る。日本列島で独自に現れ発達したはにわは、死者の魂を守り鎮めるものとして王の墓である古墳の周りに立てて並べられた素焼きの造形である。当時の人々の生活を伝える考古学的資料としてはもちろん、そのユニークな造形には老若男女問わずファンが多い。 人類の歴史を紐解く日本文化の至宝といえる。

この「埴輪 挂甲(けいこう)の武人」(シアトル美術館蔵)は日本では初公開となる

今回シアトルから運ばれた「埴輪 挂甲(けいこう)の武人」も貴重なはにわのひとつだ。はにわの中でもとりわけ写実的な造形をしており、東京国立博物館が所蔵する国宝「埴輪 挂甲の武人」と同じ作者の可能性が高い"兄弟はにわ"として知られる。国内には全部で同型のはにわが4体存在し、そのうち3つは国宝と重要文化財に指定されている。今回輸送されたはにわも大変貴重な文化財であることは疑いようもない。

その「埴輪 挂甲(けいこう)の武人」5体が史上初めて一堂に会したのが、今回の特別展「はにわ」だ。5体のはにわが勇ましく並ぶ姿は、過去最大規模で開催された特別展の一番の見どころとなっている。

はにわ輸送に携わった東京国立博物館・河野さんは「今回の輸送は我々にとって、シアトル美術館にとっての悲願でした」と語る。

東京国立博物館 学芸研究部部長 河野一隆氏

河野「『埴輪 挂甲(けいこう)の武人』は約60年前に日本から海を渡ったものです。いわば今回の輸送は、はにわにとって重要な里帰り。シアトル美術館側からも『無事に兄弟に会わせてほしい』と伝えられ、我々もはにわを日本に送り届けるにあたって並々ならぬ思いがありました」

日米の学芸員による確認の様子

アジアの美術コレクションで世界的にその名を知られるシアトル美術館。「埴輪 挂甲の武人」は1,000万人以上が訪れたシアトル万国博覧会の中の「古代東洋の芸術」展(1962年)の目玉のひとつでもあった。今まで一度も外部に貸し出したことのないはにわは、シアトル美術館にとって息子同然といえる大切な存在だ。

シアトル美術館ではにわのX線CTを撮影し、外側と内側を撮影し劣化状況を調査。「長距離輸送に耐えられるであろう」と、シアトル美術館から輸送のお墨付きをもらった

素焼きで中が空洞のはにわは衝撃や振動に弱く、数々の文化財に関わってきた河野さんをして"最高難度"といわしめるほどデリケートな文化財だ。そして、塗装が施されたはにわにとって、表面のいかなる擦過(さっか)も文化的損失になりかねない。

そのため、X線CTから作った3Dモデルを型取りして梱包材を作り、振動と衝撃を最大限に抑える環境を整えた。梱包の紙は"薄葉紙(うすようし)"という特別な和紙を日本から持参して、表面の擦れを防ぎ、通気性と吸湿性もカバーした。

はにわが輸送中に跳ねて損傷することを防ぐため、仕切り板を箱底面に貫通させ衝撃を和らげる工夫を行った

河野「今回の輸送は前例がなく、とても緊張していました。初めてお声がけしたとき、ANA Cargoの責任者の息子さんが大のはにわ好きとのことで、いろいろはにわ愛を語っていただきとても安心したんです。次第に意気投合して、今まで誰もやったことのない輸送を成功させようと結束を強めていきました」

日米の念願でもあった今回のはにわ輸送、その責任重大なミッションを担ったのがANA Cargoだったのだ。いったいどのように輸送の準備を整えていったのか。

献身的なサポートで顧客の不安を取り除き、
最善のやり方を提案する

ANA Cargoは、はにわ輸送の要件整理と輸送計画の作成、シアトルから日本への輸送と受け渡しを担当した。1年半にも渡り綿密なコミュニケーションを重ね、これ以上なく強固な輸送体制を形成することができた。

今回の輸送に密に携わったのは全体のコーディネートを担当した八重樫里美(やえがし・さとみ)と海外空港とのオペレーション調整を担当した加藤康弘(かとう・やすひろ)の2名だ。

左から海外サポート部海外サポート課の加藤康弘、 グローバルマーケティング部マーケティング企画課の八重樫里美

八重樫「はにわは衝撃に非常に弱く、形状も特殊なため極めて繊細な取り扱いが求められます。ご相談を受けた後、河野さまと何度も打ち合わせをして懸念事項を洗い出し、万全な輸送環境を整えるべく会社一丸となって体制を整えていきました」

輸送にあたっては、仕様が固まるまでの困難も多々あった。通常、はにわは立てて運ぶことが定石ではあったが、ANAがシアトルに就航している旅客機「ボーイング787-8型機」で搭載できる高さ制限により、立てたままの輸送はできなかった。

そのため、貨物専用機に搭載することも検討したが、その場合、ANAの貨物専用機が就航しているシカゴかロサンゼルスへ1,000km以上かけて陸上輸送する必要があった。はにわへの負荷を考えて、寝かせてシアトルからの直行便で輸送することを提案した。

そこでANA Cargoは、横にして輸送する場合の条件を検証してシミュレーションを重ね、無事横向きで輸送することを可能とした。アメリカと日本では空港施設状況や普段使用する備品が異なることから意見のすれ違いもあったが、しっかりヒアリングして議論を繰り返すことで双方納得してはにわ輸送に臨むことができた。

八重樫「輸送方針が確定するまでに非常に時間を要しました。アメリカ側には、はにわに対する知識や理解を深めてもらい、同じ想いで輸送に携わってもらう必要がある。その過程で、英語だと中々伝わらない部分や、国ごとの取扱ルールや条件の違いがあるんです。そのため、何が最善かを河野さんと密にコミュニケーションをとり、アメリカのANAスタッフと一緒に、もしものアクシデントを想定したさまざまなシミュレーションを重ねていきました。

海外空港にも自社の拠点を持ち、コミュニケーションを密にとれるANA Cargoだからこそできたことだといえるだろう。保安検査から始まる各取扱工程のタイムライン調整も徹底し、輸送計画に抜かりはなかった。

困難な輸送の実現には、輸送環境の徹底だけではなくメンバーの意思統一が不可欠

そして今回、最も恐れていたのは衝撃や振動によるはにわの破損だ。機内の輸送過程だけではなく、シアトル美術館からの搬出、空港への搬入、トラックからの取り卸し、上屋内での積み付けなど、それぞれのシーンではにわへの衝撃を最低限に抑えなければならない。

加藤「どのシーンでどれくらいの衝撃が加わるかを想定し、緻密な検証を繰り返してはにわへのダメージを限りなくゼロに近づけました。航空機への積み付け時には現地スタッフとの認識にズレがないよう、積み付けから搭載まで一貫してモニターする体制も整えていました」

機側へ貨物をけん引する際に、貨物を積んだパレットと搬送機器の間に隙間があると加速時や減速時に貨物が移動し衝撃が加わる可能性がある。緩衝材を挟んで隙間をなくし、細かな不安要素も消し込んでいった。けん引の時のスピードも細かくコントロールし、各作業者との連携を絶えず行った。

予断を許さないはにわの搭載。台座がコックピット側に向くように積み込み、着陸時のGや衝撃に備えた。通常の貨物では発生しにくい搭載方向指定。作業員のヒューマンエラーを防ぐべく、貨物の外装には向きをマーキングしていた。

文章での認識ミスをなくすべく、図版などを用いて関係者の認識を統一する工夫も

貨物を直接パレットへ積み付けると衝撃が大きくなるため、ANA専用の木製スキッドを用意してタイダウンベルトで強固に固定し、水濡れにも注意して万全な輸送環境を実現した。

加藤「貨物の重要さや困難さは、輸送当事者の我々は十分に自分ごととして認識しているのですが、それ以外のパートナーにも同じプロ意識を持っていてもらわないと思わぬアクシデントにつながります。最高の輸送を実現するためには、すべての輸送パートナーの意思統一が欠かせません。そのため関係者に今回のはにわ輸送の重要さを強調して伝えていました」

困難な輸送を成し遂げるためには、輸送条件と環境を整えるだけではなく、関係者が一丸となってミッションに取り組む必要がある。そうしたメンバーの高いプロ意識こそが、ANA Cargoの輸送品質の高さにつながっているのだ。

ANA Cargo は、高い輸送品質をベースとし、顧客ニーズに徹底的にこだわり、常にお客様から一番に選ばれるサービスを提供し続けます。
品質管理へのこだわり

長年待ちわびた邂逅(かいこう)。はにわブラザーズが、東京で巡り合う

ANAがシアトルに就航している旅客機「ボーイング787-8型機」

そしてはにわはシアトルから日本へ旅立った。約60年ぶりの里帰り。関係者一同、はにわの帰郷を待ちわびていた。

河野さん「私も飛行機で飛んでいきたいくらいだったんですけど、当日は展示の準備のために行けず。とても不安だったのですが、ANA Cargoさんが今どのような状況なのか密に連絡してくれて安心しました」

そしてシアトルから約7,700km、約10時間半にも及ぶ長距離飛行を経てはにわが日本に到着した。無事に日本に届いても、梱包を解くまではまったく安心できない。輸送中の微細な振動の蓄積が亀裂に発展する可能性もあったからだ。東京国立博物館にはにわが到着し、開封の様子を一同固唾を飲んで見守った。

河野さん「箱を開けると、シアトルで見たままの無傷のはにわが現れて非常に感慨深い気持ちでした。立会いの人が多くてできませんでしたけど、思わずバンザイしたい気持ちでしたね。1700年以上前に同じ場所で作られたはにわたちを対面させることができるのは感無量でした。私を信頼してくれたメンバーたちに感謝しています」

特別展「はにわ」開催初日には、平日にも関わらず3,500人もの来場者が会場を訪れ、一同に会した5体の「埴輪 挂甲の武人」を興味深く見つめていた。

河野さんのもとにはシアトル美術館から「3,500人の来場者は印象的であり、関わったすべての人々の努力の賜物です。私たちは、このエキサイティングな展示会に参加できたことを大変うれしく思っており、皆様のご協力とご支援に感謝しております」とメッセージが寄せられ、シアトル美術館と東京国立博物館の強い絆を物語っている。

歴史的文化財が時を越えて今に"つなぐ"ANA Cargoのミッション

今回のはにわ輸送は貨物を安全に送り届けるだけに留まらず、日米の絆をより深めるものでもあった。輸送に携わった八重樫と加藤はあらためてミッションを振り返る。

八重樫「特に今回のような文化財は、人類の文化や歴史そのものであり代替できない財産です。さまざまな特殊貨物を輸送してきましたが、困難を極めた埴輪輸送も無事に完遂し、河野さまからうれしいお声をいただき感無量でした。現地の貨物代理店からは、『長年美術品の輸送に携わっているが、今までで一番スムーズで安全な取り扱いをしてもらった。今後はANA Cargoを利用していきたい』とのお言葉を頂戴し、日本だけではなく海外でも高品質なサービスを提供できたことを誇りに思いました」

加藤「あらためて振り返ると今回の輸送はシアトル美術館さまと東京国立博物館さまの助力もあったからこそ成し遂げられたものだったように思います。今回の輸送へのさまざまな想いを伺い、我々の仕事の重要性を再認識し、一層身が引き締まりました。今回のプロジェクトで得たノウハウをまた別の特殊貨物輸送に生かし、さらなる輸送品質向上につなげていきたいですね」

「埴輪 踊る人々」 のポーズをとる一同

さまざまな特性に配慮したハンドリング水準を求められる特殊貨物の輸送。今回のはにわ輸送は日本だけではなく世界にジャパンクオリティを伝える印象的なプロジェクトだった。これからもANA CargoとANAグループは、貨物を運ぶだけではなく、貨物が描くその先の未来に向けて寄り添っていく。

ANA Cargoのソリューションについての情報は
以下をご覧ください。

国際の貨物輸送に関しての情報をご確認いただけます。

河野 一隆(カワノ・カズタカ)

東京国立博物館 学芸研究部 部長 

1966年、福岡県生まれ。京都大学大学院文学研究科修士課程修了後、京都府内で縄文~江戸時代の遺跡の発掘調査に携わり、2005年の九州国立博物館の立ち上げに関わる。現在、東京国立博物館学芸研究部長。博士(文学、奈良大学)。著書に『王墓の謎』(講談社現代新書)、『装飾古墳の謎』(文春新書)、『王墓と装飾墓の比較考古学』(同成社)、『考古学と暦年代』(共編著、ミネルヴァ書房)など。多方面に興味を持つ性格だが、最近のマイブームは生成AIを使ったミステリー小説の執筆。

八重樫 里美(ヤエガシ・サトミ)

株式会社ANA Cargo グローバルマーケティング部マーケティング企画課

2009年(株)ANA Cargo入社。成田空港で輸入ハンドリング業務を経験後、海外サポート課で北米・アジア空港を担当。その後、ANAオペレーションサポートセンターへの出向を経て現在のマーケティング企画課へ配属となる。マイブームは旅行。

加藤 康弘(カトウ・ヤスヒロ)

株式会社ANA Cargo 海外サポート部海外サポート課

2009年(株)ANA Cargo入社。成田空港で約13年輸出ハンドリング、輸入ハンドリング業務を経験後、ANAシカゴ支店空港所で1年間実務経験を積み現在の海外サポート課へ配属となる。マイブームは映画鑑賞。 

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選ばれる航空物流になるために、運ぶことに留まらないもう一つのプラスを提供したい、そんな思いからかCARGO+は生まれました。ある時はInnovationを、またある時はTeamworkを。ただ運ぶだけでは終わらない、私たちにしか出来ない価値を届けます。